競走馬は弱くてもカリスマや話題性で人気になる事がある

日本の競馬史に残る競走馬たち

競馬の主役の一人である競走馬には数多くあります。
中でも人気を集める馬はやはり強い馬が多く、レースの前半は後方でペースを整えつつ最後の直線で一息に他の馬を抜き去ることで観客を圧倒したディープインパクトや、同世代のダイワスカーレットと激戦を重ねながら64年ぶりにダービーを制した牝馬となったウオッカなどは、競馬を普段見ていない人でも名を知っている名馬中の名馬です。
しかし競走馬の人気は単純な強さだけで決まるものでもありません。
例えば日本調教馬でありながら世界最高峰のレースである凱旋門賞で二着を獲得したエルコンドルパルサーなどは、競馬ファンの中ではディープインパクトと双璧をなす現代至高の名馬とされていますが、競馬を知らない人がエルコンドルパルサーの名前を聞いても中々知っていることはありません。

競走馬の人気は強弱よりも、そのカリスマや話題性によるところがあるのです。
そうした中では「歴史上類を見ない弱さ」ということで人気を集めるような、弱い人気者というのもいます。
その代表格となるのが、1996年に生まれて1998年にデビューしたハルウララです。
高知競馬場の第一競走でデビューしたハルウララは5頭立てのレースで5着という最下位で競走馬としてのキャリアを始め、その後2003年5月末まで常に負け続け、87連敗を喫しました。

しかし2003年の夏ごろ、ハルウララは連戦連敗の弱い馬がいるということで話題になって高知新聞に取り上げられ、それを知った高知県競馬組合の広報担当者は財政難にあえぐ高知競馬を救うため、ハルウララの資料をマスコミ各社に送りました。
すると7月23日付の毎日新聞にはハルウララの記事が掲載されてからは全国的なハルウララブームが巻き起こり、その負け続けながらもひたすら走り続ける姿に多くの人が興味を持ちました。
7月末には「負け組の星」というようなあだ名をつけられ、ハルウララの単勝馬券を持っているとリストラされなくなる、当たらない馬券だから交通事故に合わなくなると言ったようなジンクスとともに、一躍日本全体の人気者となったのです。
ハルウララはその後もレースに出続け、2004年3月22日のレースでは中央競馬最強のジョッキーと名高い武豊が騎乗することで話題を集めましたが、結果としては11頭立てのレースで10着と大敗しました。
ですがその日の高知競馬場の入場者数・馬券売上額はそれまでの高知競馬場の記録を更新するということを成し遂げていましたから、ハルウララは競走馬の中でも群を抜いて弱い存在ではあったものの、その人気は当時の日本でもトップクラスだったと言って良いでしょう。

競走馬は強くあることを求められる存在です。
しかし強いということがそのまま人気に繋がるとは限らないこともあるということを、ハルウララは証明してくれたのです。